しぐれの家族からお母ちゃんが家出して、この部屋の主は、仮の飼い主と離れ、大元の飼い主(しぐれの子分①)に大体の世話をしてもらっています。
元々は、彼が、
“猫を飼いたい”
というので探してたところ、出資者であるお母ちゃんの目が、ホームセンター内の小動物コーナーに居た黒うさぎの真っ黒な目とじーっと見つめ合うことになったからでした。
子分①の”猫希望“が、お母ちゃんの直感のみでうさぎに変更になったのですが、私の大体の要望に対して反対することがあまり無い子分①は、帰路の車の中で、お母ちゃんが
「名前、どうする?」
と尋ねたら、ものの1秒ほどで
「しぐれ。」
と返答し、名付け親にもなったのでした。

お母ちゃんと、ついでに(?)子分①まで一緒に家を出てしまい、しぐれの家では、お父ちゃんとしぐれだけが生活する家になりました。ただ、気になるのは人間ではなくやはりものを言わないうさぎの方。
お父ちゃんは、帰宅後、床にタピオカが散乱しているのがストレスになるくらいの人なので、しぐれとの“2人暮らし”は皆が心配で、結局、ケージ掃除や餌やりも、時間に一番余裕のある“本来の飼い主”子分①がメインで担当することになりました。
結局、しぐれと一緒に住むことが出来なくなったことが一番心残りになり、今も“元家”には足を運ぶのですが、この頃常時“家で一人の”しぐれは、周りに家族が多く来ると走り回って喜んでいる様子を見ると、『やっぱり戻ろうか…。』と気を揉むのでした。
お母ちゃんは、裏表のない性格(自認)で、とにかく毎日ご飯が食べられれば満足の人です。だから、毎日家族のために働いてくれているお父ちゃんには感謝しています。
でも家出。。。
とにかく、一緒にいると口論が始まるのです。
なぜなのか。
(私の分析なので、お父ちゃんからすると「違う!」と言われるかもしれませんが…)
真面目なお父ちゃんは、持論をお母ちゃんに口を挟まないでただ最後まで自分の話を聞いてほしい人です。
お母ちゃんは、日々の畑仕事が忙しいのに、毎度一から丁寧に話の起承転結の“起”のところから“結”までじっと聞いてほしいお父ちゃんの話は端折って聞くことが多く、
父「途中で口を挟まないで、最後まで聞いて!」
母「聞いてる。だから続けて!」
父「聞いてない!。途中でものを言うこと自体聞いてない証拠!」
母「聞いてるよ!〇〇〇なんでしょ?」
父「そうじゃなくて、人の話を最後まで口を挟まず聞くことが聞くということだ。」
こういう問答ばかりしている日常会話。不毛。
もうダメだ。→ 家出。
でした。
お父ちゃんは正しいことを話そうとしてるし、こっちに余裕があり、ちゃんと聞けばうまくいくのかもしれないと思います。ですが、話は長いし、何度も同じことを言うし…の繰り返し。日々の畑疲れにこれ以上の疲れは御免!
身体の疲れは、睡眠や、食事、お風呂などで解決できたりしますが、喧嘩や口論や精神的な疲れは、身体の疲れよりも厄介です。
長い年月をお父ちゃんと一緒に生活してきましたが、農業を一緒に営むパートナーとしては既に家族で始めているので、住居を共にしなくても、というか、むしろ共にしない方がお互い上手くいくかも?と(少なくともお母ちゃんは…)行動しました。
だから、結局は、しぐれのために自宅に戻ろうか…という案は廃案となり、今は、朝か夕方に、ご近所畑の様子を見に行き、そこでしぐれの好きそうな草を持ち帰り、自宅に保管しているジャガイモの様子を見に行くついでにしぐれと触れ合い、ケージ掃除のチェックをしたり、時々ケージ掃除やブラッシングをしています。

3月初めのお母ちゃんの謀反により、皆の生活がチェンジしました。
ですが、家出からもうじき半年経ち、お父ちゃんは、毎晩3人が住む子分②の家に車で晩ごはんを食べに+畑活の報告確認をしに来て、用が済むと自宅に戻ります。
サラリーマンの仕事内容が変わったこともあり、朝畑に行けなくなったお父ちゃんは、野菜の売り上げ管理をしたり、小屋を作ったり、買った機械の整備をしたり、基本お母ちゃんと子分②が畑をするための後方支援をしてくれるようになり、それぞれ役割分担ができるようになりました。
家出してしばらくは、子分②の古家の使い勝手の悪さに『やっぱり早まったかな…。』と思わないこともなくはなかったのですが、最初の頃、晩ごはんも自炊していたたまに会うお父ちゃんには、会ってしばらく喋っているとまた口論になってしまうので、とりあえず、自分の判断は間違ってなかったと最近は思うようになりました。
使い勝手の悪さ…というと、なんという驕り高ぶった奴!と思われても仕方ありません。何があっても謙虚さを忘れなければ家出には至らなかったとも思います。
今の生活ができているのは、いくら草刈り機よりも手鎌の方が好きだと言っても、洗濯機よりも洗濯板の方が好き!洗濯物はぜ~んぶ洗濯板でやりたい!とは言えず、便利な家電あってのことも大きいことがわかりました。
別居して子供の家に転がり込むと、結局子分②自身やっていた家事はお母ちゃんがやることになったりと、成人した子供達には楽であれ、自立するためには良いものではありません。しかも、元の家にあったドラム式洗濯機で乾燥までしてもらってたのに、子分②の家では、いきなり3人暮らしになり、単身用洗濯機では小さいうえに、乾燥モードは無しなので、洗濯竿にひたすら干す作業にも時間を掛けることになります。
冷蔵庫も単身用なので、3人分の買い物を2日分すると、冷蔵庫に収まらないこともあり、買い物を控えることになったり、いかに今までの生活が便利なものに支えられてたかを実感することになりました。
野菜を作って販売をし、お客さんに喜んでもらえることで日々感謝することはできたのですが、自分の生活は、自分達の生活を支えてくれる家と家の中のもの達のおかげで成り立っていたとも言えたのです。ものではありませんが、しぐれもその一部です。コンセントを差し込むと動く無機質なものは当たり前に感じていたようです。
正直、元の家の方は、リフォームして快適で便利になるよう家電も揃えてきたのに、忙し過ぎてそれに感謝する気持ちを忘れていたのは大きいと思います。が、農業を拡大したいお父ちゃんは平日不在で、自分はその仕事の増えた分を家事も含めて背負いきれないと思ったのです。
それでも今やっていることが農業だとすると、人が生きるために必ず必要な食べ物を作ることと、それを人様に供給することができることは、とても意義があること。それを仕事としてできることは大きな喜びです。そして、これは、“絶対できる目線で”努力し続ければ誰でもできることで、誰かが、今までよりも多くの人がやっていかなければいけないことだとも思います。食糧としての農産物を地域で賄えることと、本来の食に対する認識を取り戻すためにもです。
実際やってみて思うのは、自分の手で土を触って育てて世話をすることで、気づいたり、価値観が変わることがあまりにも多いのです。
人でもなく、犬猫でも爬虫類とかのペットでもなく、植物を育てる。野菜を育てる。
自分達が食べるための野菜は、太陽の日差しや熱、季節や気温の移り変わり、朝が来て日が沈み夜になること、雨や風、空気…草もマルチも、自分達の周りの様々なものや物質で育てられているということ。それに感謝しない訳にはいかないからです。
家電に感謝することを忘れてましたが、農にまつわる物質や販売を通して人に感謝することができたということは、農業に携わる人が増えると、周りの人やものに感謝できる人が増えるのではないかと思うのです。
先の見えにくい世の中ですが、少し前の価値観も変わるのが早いと思うのはお母ちゃんだけですか?
生きるために必要な食を作ることを、これからの時代を生き抜く子供達のために、ものづくりや畑仕事を学校でもっと推してほしいと思います。IT産業も大事でしょうが、食べ物なくして生きてはいけないからです。

世の中夏休み中でお盆休み中ですが、しぐれの家族は今日も畑に行き、レタス畝のマルチを取り、ピーマンやトマトの収穫をし、じゃがいもを納品しに行きました。毎日休みがないので疲れることもありますが、見ず知らずの人に野菜のことを聞かれ、買ってくれると感謝される。単純ですが、やり甲斐だけはある仕事です。この前還暦を迎えましたが、そんな歳になってもそれなりにできることです。肝心の収入はなかなか黒字化しませんが、収穫があるおかげで食生活は豊かです。
今週は、お父ちゃんの会社が夏休みということもあり、子分②の家に来て食事を作り、代わりに元家に子分②が行き、しぐれの部屋で泊まる…という The入れ替わりごっこをしています。

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